20140817

260719-20旅行記


妻子が帰省する三連休はロングライドのチャンス。
2011和歌山、2012石川、2013静岡に次ぐ今年は西。


亀岡でパンク、替えチューブは1本のみ、
修理キットも携帯していなかったため焦る。

パンク修理をしていると雷鳴が遠くで聞こえる。
進行方向に視線を向けると暗雲垂れ込めている。
案の定、その後激しく降りだす。
雨の中兵庫県入り。


白すぎ城
初日の終着点、赤穂

二日目最初の県境、兵庫から岡山へ
左手の森は後楽園、川は旭川、城は岡山城

岡山から広島へ
鞆の浦に寄り道

常夜燈を臨む



鞆、石畳の街並み
狭い路地





尾道を一旦通過して、、、

最遠到達点 因島フラワーセンター
向島から見る尾道の街並み
旅の終点、尾道駅

20131002

夕陽


この一,二週の間に少しは手応えを感じられるほど僕の中で形作られ、絵まで与えられていた書くつもりだったコトをすっかり失念してしまった。

それが形作られたと言い得るものだっただけに、そこそこの喪失感を伴っているのが厄介で、どう扱ったものかと思案したところ、内祝でもらった小瓶の日本酒で強かに酔っ払った勢いにまかせて、その残滓を掬い上げ、何やらよく判らない想念や躊躇いとを捏ねくりまわして作り上げたのが、すなわちこの文章である。

今はもう失われてしまって久しい僕が憧憬を抱かざるを得ない人や時代、それらは目蓋を閉じてもそこに陽のあることが感じられるように、すぐ傍にあったことを夕陽が思い至らせてくれる。
しかし、それと同時に不可逆の壁が徐々に僕らを押し出して、それらから遠ざかっていっていることをも併せて痛感させる。現に2013年の夏は去り、秋がすっかり我が物顔でそこに居座っているではないか。

一日の終わりを迎えての、積み残し、後悔、その慰めのために夕陽はこんなに美しいのだと思う。

20130810

退役



こいつとは出会ったときからの付き合いだった。
orbea純正ハンドル。

シートポストやステム、フロントフォークが他メーカのパーツに変わっていくなか、変わらずあり続けたハンドル。

金沢に行った時も、和歌山に行った時も。
落車した時も支え続けてくれた。

今日を限りに引退です。

ありがとう。

20130803

1,159km


7月の総走行距離1,159km。
今までずっと叶わなかった目標を達成しました。

道程なら自宅から青森八戸まで、
直線なら自宅から北海道釧路まで。
大体それくらいの距離です。

8月も淡々と走りこみます。
目標は少し低めの600km。
7月ほど時間はとれないだろうから、、、





※地図はいずれもルートラボの画像を利用させていただきました。

20130725

坂狂い



坂は上れば上るほど早くなる。

でも力がつくと、抜き所が分かってくる。

すると道路脇に倒れこむほど(実際倒れたことはないけど)の疲労を避けるような乗り方になり、伸び悩む。

だから数をこなす。

ひたすら上る、上る、上る。

そうすれば地力がつくだろうと信じて上る。


どれだけ早くなったか、試したいな。

https://jtbsports.jp/events/events-detail.php?id=2684

坂じゃないけど、これとかで。

20130704

更新

最近はひたすら坂を上る。
するとたいしたもので、速くなる。
タイムが伸びる。

これまで真剣に取り組んでいなかったわけではないけれど、1ヵ月間で自転車に乗らなかった日の方が少なかったり、毎日坂を上ったり、なんてことをしたことはなかった。

「そんなタイムで上れるのかよ。」
途方もない記録だと思っていたタイムに、もう手が届きそうだったりする。

すると、単純にもっと速くなりたい、もっと上ろう、と好循環ができあがる。

そして必ず思い至るのが、後この好循環を何年続けることができるのか。



「後十年はイケル」

この件が話題に上る度、僕はそう嘯くけれど、これは最高にかっこいい有言実行をやるための自己暗示的な発言なのだ。


ということで、新城が集団に吸収され、カヴェンディッシュが24勝目をあげたツール第5ステージを見終わり興奮冷めやらぬ僕は、明朝の天気を確認しつつ、朝練の準備をして寝ます。

5時起き5時起き


20130622

失せ物


近頃は何かにつけゆっくり腰を据えて思いに耽ることがない。

そういうモノがあるとしたら、

思いに耽るために必要で大事なソレを僕は

2度と行くことのない旅先の宿へ置き忘れてきたか、

吹き荒ぶ日常の嵐で砂塵のように消え失せたか。

はたまた飲み過ぎた晩の嘔吐とともに、下水へ流されていったのかもしれない。

なくしたモノにいつまでもこだわるしみったれたところを忘れるために、

夜な夜な床を抜け出して飲みに行く理由にするのだ。


いちねんの終わりに

道の先に朝陽のあたる様子、今年の私の境遇を暗示するようであったと、今思い返します。 この山を乗り越えれば、と汗ばむ初夏を今年も駆けずり回った。 片や村には祭が戻りました。 皆の新年に幸多からんことを、切に願わずにはいられません。 青信号は「進んでもよい」? 否、進め、いざ!