20130401

その手は何を掴んできたか

平成25年4月1日。
職業柄、和暦に馴染み深く、日に何度も日付を記すのだけれど、仕事よりプライベートで先に新年度の日付を記すのは初めてだと思う。

そんな今日、上の娘はとうとう保育園の年長になる。
産まれてすぐに障碍があることがわかったり(股関節脱臼:その後の治療で完治しています)、僕が単身赴任したりで、今となっては下の娘の育て難さの前に吹き消されてしまった感があるが、当時は悩まされたものだった。

当時の写真を繰っていて出てきたのが→の写真。

遡ること9年。これは、実家の裏山で撮った孟宗竹と僕の手。
孟宗竹のあまりの太さに感嘆し、比べるために一緒に撮った手。
まだ子どももない、妻もない、仕事さえなかった頃の手。

節くれ立ち、芋虫のような短い指先に、扁平な爪をちょこんと乗せた不細工な手だけれど、妻を労わり、娘をあやし、抱き上げ、家族を守るためには何の不足もない。

つまり、そういうことだ。


20130321

クリーンアップ

日差しが和らぎ、花々の蕾が緩むこの時期。新しい季節が来た喜びよりも、更に次の季節の到来を切望するようになったのは、この2,3年の話ではない。

昨日は陽光を恨めしく窓の内側から眺める必要がなかっただけよいものの、自転車に乗れないことに変わりはなく、花粉症で腫れぼったい目と鼻をグズグズさせ憮然としていた。

そんなわけで、せめてバイクだけでもスッキリ晴れやかにしてやろうとORBEAonixの清掃に取り掛かった。

チェーンにチェーンリング、クランクにBB、ペダル、スプロケットも一枚づつ、RDのテンションプーリーとブッシュプーリー、それぞれ取り外し、愛でるように洗浄。

必要な箇所はグリスアップし、再度組み立てると見違えるように綺麗になったバイク。

それを見て、更に乗れないストレスが高まるとか。。


早く収まれ杉・檜。

20130304

スリット

本当は嫌いな隙間(←一部の例外を除く)

通勤用に買った筈のMBK(アルミフレーム)にメインバイクの座を奪われそうなORBEA(Onyx:カーボンフレーム)。
実際にそれぞれ総重量を計量したことはないけれど、塚のTTタイムからしてもMBKの方が若干軽い様子。

「フルカーボンなのにアルミより重いとかどういうことだよ」とか、「やっぱり中華カーボンは、、」とか言っても始まらないので、ORBEAをメインバイクとして今後も乗り続けていくために、フォークを軽いものに変えることにした。もとい、前から軽いフォークに変えたくて悶々としていた。

ORBEAの純正フォークはアルミコラムということもあり、600g近い重量なので、3T等フルカーボンのフォークが300g代なことを考えると、大きく減量できるパーツである一方、軽量なものであれば財布まで大きく減量してしまうことと、妻にその本当の価格を言えない≒嘘をつかないといけないということ、これらの心理的な負担から、その換装に踏み切れないでいた。

そのような折、妻の不要な物&僕の不要な自転車パーツをヤフーオークションで売って整理していたところ、、、ついでに見ちゃいますよね、どんなパーツ売っているかな?と。

より軽いっていうのと空力性能ってのを今のORBEAのフォークから改善できちゃうパーツがこれ。

重量は400g代と最軽量クラスとは言えないものの、
空気抵抗を軽減するスリットの開いた「オーバルコンセプト」社の700C用エアロカーボンフォークです。
フォークブレードにスリットを作ることにより、空気抵抗を軽減できる構造を備えています。時速50kmで1時間の走行をすれば1分のアドバンテージを得られる、というコンセプトです。 」
なんて言われると、その気になってしまうやん?
(50km/hなんて下りでしか出るスピードじゃないけど。。)

うん、ポチッたよ。酔いにまかせて。
んで怒られたよ、「なんか届いてたけどアレ何?+、幾らしたん?+」

「(サラッと)あ、うん、3,000円位;(大嘘です、ゼロが一つ足りません)」


さて、僕にこんな思いまでさせて買わせた(?)んだから、ちゃんと仕事してくれよなっ!?

スリット、可愛いよスリット。おまけにセクシーだよ。


20130203

コース開拓


自宅前からスタートできて信号なし、適度なアップダウンあり、一周2kmちょっと。

これじゃぁ毎日走らずにはいられないね。

20130105

暫定パンク王

穴あきチューブ×3

「8時桂小橋」念仏のように唱えながら就寝した金曜の晩。

遡ること5時間、妻子が帰省しているのをいいことに、ハウルを見ながら室内ローラーをしていた。今思えば、見逃されてはならない前兆がそこにあった。

21時前に、新聞紙を敷いて三本ローラーを展開。ウェアに着替えタオルを準備し、ジャージのポケットにテレビのリモコンを入れ、準備万端バイクを載せてみるとタイヤがフラットになっている。

「新年早々パンクかよー」と軽い気持ちでチャチャッとチューブを取り出し、「ふんふん」と穴の位置を特定。チューブのストックは十分あるので新しいチューブに交換。原因は?と、ざっとみたところタイヤには傷が見当たらない

ま、いっか」これがよくなかった。


翌朝7時過ぎに出発。

「8時桂小橋、8時桂小橋」

感覚のなくなり始めた指先も気にすることなく軽快に逢坂の関を越え、N700系をまたいだところで、なんとなく3日のタクヤさんとの会話を思い出す。
「僕今日ポンプ持ってきてないですよねー」
  「これだけ居たら誰か持ってるやろーって、皆そう思って誰も持ってなかったり」
「ありがちですね」
なんて遣り取り。

うん?今日も3日と同じバイク。。。つまり、ポンプを持ってきていない。
「まさかw」なんて独り言ち、軽い坂を迎えクランクを踏み込むと力が少し逃げる。

恐る恐る後輪に目を遣ると、果たしてそこには明らかに圧が足りないタイヤ。


迷った。


このまま桂小橋まで行って誰かが持っているかもしれないポンプを当てにするか、
それとも断念して引き返すか、引き返すにしても徒歩で?タクシー?

迷いながら西進するも、どんどん空気は逃げていき自走できなくなったところで7時40分。

完全に断念せざるを得ない状況となり、後は帰宅する手段を悩む。

徒歩、タクシー、徒歩、タクシー。

パパさんにパンクして行けない旨連絡しつつ、

徒歩、タクシー、徒歩、タクシー。

取り敢えず自宅に向かってバイクを押し押し、

徒歩、タクシー、徒歩、タクシー。

20台程逡巡しながら見送って、結局タクシー、1kmほど歩いて結局タクシー。


げんなりしながら帰宅してチューブを取り出すと、案の定、昨夜替えたチューブと同じ場所に穴が開いている。
今度は念入りにタイヤを調べてみるが目視では異常はない。うーん?と首を捻りながら撫でてみると裏側に微かな引っ掛かりがある。
タイヤを引っ張りながら目を凝らすと、ごく小さな小石かガラス片の様なものがめり込んでいる。

「くそっ」と親の仇のように憎しみを込めてほじくり出し、ゴミ箱へ捨てた。

まだまだチューブのストックは余裕があるのでここでも新しいチューブに交換。


「ふんふんふん」とチューブとタイヤを嵌め込み圧を上げると、、、

また嫌な音がするじゃない、、、orz

新品なのに(ディオワールドで500円で投げ売られてたチューブだけど)。

泣きべそかきながらチューブを取り出すと、バルブの根本に見えない穴。



というわけで、私の記憶が確かなら今日は1月5日。

2回の実走で既にチューブを3本ダメにした僕は、2013年暫定パンク王に名乗りを上げます。




20121218

懐かしいニホヒ


小田小学校本館

※本文とは関係ありません

久し振りずくめもいいところで、風邪の発熱と、アルコールとで、いい塩梅で前後不覚に陥り、洗顔している僕の鼻腔に懐かしいニホヒ。

つまり、頬っぺのニキビや友人らの好奇の視線に耐えながら神妙に頷いた担任の教員の説教や、

窓辺に着いた灰のことを気づかないふりして僕の居なかった教室の様子を、まさにその窓越しに話す担任の教員のこと、

それらを呼び覚ますこのニホヒ。

あぁ、あの時感じたニホヒの根源はここにあったのね。

や、久し振り!ここにいたのか!

20121101

なるべく遠くまで、そして速く

白髭神社湖中の鳥居(今日の最遠到達地点)

一週間の入院とそれに伴って生じる静養期間で、どれくらい僕の身体はダメになるのか。

施術台で脇腹にメスを入れられている時でさえ、そんなことを考えていた。

医者が「これで普通の生活に戻れるよ」と言った時も、すかさず、「喘ぐほど自転車に乗っても大丈夫ですか」と聞いた。


答えはこう、

体重2kg増が効いていて、小関越えは今までよりダンシング多め、下死点前後の踏み込みから引き上げまでにもっさり感がある。チェーンに軋みを感じたので、オイル切れだろう、その影響もあったかもしれない。

後はひたすら北へ。
時間の許す限り、なるべく遠くまで、そして速く。

冷え込みのせいか、左のアキレス腱が痛み出したのは60km地点くらいから。
サドルを新調(Selle Sanmarco Zoncolan)してから初めての本格的なライドだったので、取り付け時に少しポジションが変わってしまったのか、その影響もあったと思う。

帰ってきてみれば、アベレージで平均速度こそ30km/hを切ってしまったが、ペダル回転数は90rpmを割り込むことはなく、それほどひどい落ち込みは感じられなかった。


再発率5割という気胸病みの肺をもって、僕はまだ走り続ける。

いちねんの終わりに

道の先に朝陽のあたる様子、今年の私の境遇を暗示するようであったと、今思い返します。 この山を乗り越えれば、と汗ばむ初夏を今年も駆けずり回った。 片や村には祭が戻りました。 皆の新年に幸多からんことを、切に願わずにはいられません。 青信号は「進んでもよい」? 否、進め、いざ!