20150314

アレルギー体質の自分が憎い

蕾をほころばせる春の陽を
埃を舞い上げる春の風を
身一つで受けることのできない我が身を呪う

時々自分がまったくアレルギーとは無縁となったような錯覚を起こします。
そしてその晩、まるで鼻腔がなくなったかのような鼻づまりや、かき掻きむしりたくなるような眼の痒みに悶えるのです。
何度もそれを繰り返し、ようやく気持ちや思いだけではそれを克服できないことが身に染みたので、今季こそ舌下免疫療法を施術してもらいたいと思います。

20150310

意地

あきらめて
あきらめて
にげて
たどり着いたところに
「何を守るべきものがあるのか」
と問われたとしたら
「ここにある」
と言おう
「これがそれだ」
と見せよう
だからこそ走るのだ
走ることができるのだ

20150131

僕の関西シクロクロス2014-2015シーズン


明日の第10戦桂川緑地久我橋東詰公園の開催を待たず、僕の関西シクロクロス2014-2015シーズンは幕引きとなりました。
出走レースとその戦績は以下のとおりです。

 第1戦ビワコマイアミランド(2014/10/26) カテゴリー4 21/62位

 第4戦マキノ高原(2014/11/24) カテゴリー4 7/31位

 第5戦ふれあい運動公園(2014/12/7) カテゴリー4 13/33位

 第7戦烏丸半島(2014/12/28) カテゴリー4 3/33位

ロードバイク歴9年目、本格的にレースに取り組むことになったのはシクロクロスでした。
もう少し家族が協力的であれば、などと思わないわけではないですが、与えられた機会(時間)を充分に活かし、次シーズンこそゴールドのワッペンを獲得し、昇格できるよう努めてまいりたいと思います。



20141231

関西シクロクロス2014-2015第6戦烏丸半島

烏丸半島のキャンバー地獄、予習はWebで。
ツッピーさんの好成績を知り、気持ちは焦るも夜練はおろか、レースの準備も整えないまま寝入ってしまった。そんな様子だから会場着は試走時間も半分を過ぎた頃。
焦った試走は3回転倒、不安しか残らない。

でも気持ちで負けない!とスタートは2列目。
しかし、今回もフロントがアウターに乗らない&ガーミンの電源が落ちているトラブルでスタートから遅れる。
チェーン落ちや、転倒、乗れないキャンバーも気持ちで押しきるが、最後のキャンバーは足が上がらず歩いてしまう。
その中1位2位の選手名が聞こえる、3位の選手名が聞かれないまま次に呼ばれたのは自分の名前だった気がした。

ゴールラインを越えたところでガミさんが居る。
「3位でしたよね?」
「5位くらいじゃない?」
あぁそうか、、まぁでも最高順位だしいいか、と倒れこむ。
間もなく表彰が始まる。
「3位!チームwhooCX。。岡島!」
え、おれじゃん?

ヘロヘロでもそこだけは素早く表彰台へ駆け寄る。後はあんまりよく覚えていなくて、記憶に残っているのは、準備していたコメントの半分も満足に喋れなかった口惜しさと、手渡された銅色のワッペン。

というわけで今年最後のレースで今年の目標を達成できました。

来年もがんばるよ!

http://app.strava.com/activities/234008510

20141222

261226志賀越道

 シクロクロスのトレーニングを兼ねて長等公園を経由して志賀越道へ。
志賀の大仏(おおぼとけ)の見守る道は雪が残り行く手を阻む。
いつもなら果敢に登り続けるところだが、後の予定の兼ね合いから途中で転回。
馬頭観音ってこんなだっけ?と思いながら崇福寺跡と百穴古墳群を後にした。

裏白の群生地 どれも30㎝超、幼い頃なら卒倒していたかも(裏白の胞子が苦手です)

雪に紅葉

 志賀の大仏(おおぼとけ) 崇福寺跡の少し手前

  馬頭観音像 山中越の道を見下ろす高台にひっそり佇む


百穴古墳群を取り巻く竹林

ああ、雪道の走り辛さよ

20141115

鈴鹿山脈のふところ


滋賀と三重を大きく隔てている鈴鹿山脈の、南北の尾根づたいがすなわちほぼ県境であり、急峻な東側と比べ、西側はなだらかで、しかし奥深い山脈のふところがある。
そのふところには未踏の道があり、予てから焦がれる思いで地図を眺めていた。
未舗装路を走る自転車を手に入れた今、満を持してその道を走ることにした。

百済寺の集落の南側を、山脈に向けて伸びる県道229号線にとりついたのは、午後を少しまわった頃。
急勾配のS字を幾つか越えて見えてきたのが角井峠。

峠でジレのジッパーを上げくだり始めると、薄暗い木立の向こうに山小屋か何かの廃屋が散見されるようになり、不思議な雰囲気の一帯に差し掛かる。
苔むした石垣や階段。収まるべきものが剥がされた門柱。
それらの導く、ちょうど家屋が収まる平らなスペースが、棚田のように並んでいて、そのそれぞれに紅葉が植わっている。




その道沿いに観音像があり、傍らの石碑から一帯の気配の由縁を知る。


土砂災害からの復興をあきらめて移住した方々の、故郷への思いが、ひたすら静かでありながら、人の気配を感じるこの不思議な雰囲気を作り出しているのかと得心しながら廃村大萩村を後にした。




20141103

旧道―仰木越え


三連休中日の予報は雨。
しかし二日酔いの残る、開ききらない眼がとらえたのは、曇天ながらも雨粒の落ちてこない空。
手早く荷物をまとめ、PanasonicのクロモリCXにまたがる。

以前から見当をつけていた仰木越えをやってみようと、湖西の裏道をゆっくり北上すると、ぐるっとびわ湖サイクルラインの看板に気付いたので、今日は急ぐ道行きでもないし、とこれを辿ることにする。

以前から旧道、林道の類は見る度、知る度、事情が許す限りは積極的に走行してきたけれど、CXを手に入れた今の僕は、その事情がかなり緩和されたわけだ。

それでもちょっと躊躇われるのは、濃霧と天候。
ただでさえ路面は濡れて落ち葉が積り、苔すら生えている。
これらが少し気にかかるものの、転回して戻ろうという気にはならない。
ましてやロードで完走したことのある道なので、なおさらなのだ。

鬱蒼とした林や、濃霧に覆われた区間を抜け、尾根に近いあたりを林道に沿って北上する。

お約束のコーヒー休憩。


眼下は一面濃霧のため真っ白。


登り下りを繰り返すなかで濃霧帯に入ると、濃い霧がしっとりと、まとわりついてくる。
ロードのスリックタイヤだったら怖かったろうな、と思う下りも安心して下れる。
時折ブレーキ鳴きがするけれど、ちょうど熊鈴の代わりになっていいかと思う。

イマイチ精度の悪いGPSと、電波状況のよくないスマホでは仰木峠を特定できず、一人だし行ってしまえ、と適当に当たりをつけて獣道に分け入ると、倒木と膝丈まである雑草とで、さすがのCXでも走行できない。
ただこれは切り通しであろうから、人の通り道であって、旧道に違いない、と確信して歩みを進める。

滋賀県側と違い、京都府側は手入れがされておらず、倒木、雑草が行く手を阻む。
まだか、まだかと、茂みの向こう、木立の向こうに人工物がないか期待する。
やがて倒壊寸前の山小屋が目に入り、バイクにも跨がれる道の脇に出た。

これは一人で来て正解だったな、と帰宅後に経路を振り返ってみると、僕が越えたのは、仰木越えではなく、小出石越えだったというオチ。

因みに、
山では一度も転倒しなかったのに、鴨川の河川敷で派手に転倒し、両手をひどく擦り剥いたのは、また別の話。

いちねんの終わりに

道の先に朝陽のあたる様子、今年の私の境遇を暗示するようであったと、今思い返します。 この山を乗り越えれば、と汗ばむ初夏を今年も駆けずり回った。 片や村には祭が戻りました。 皆の新年に幸多からんことを、切に願わずにはいられません。 青信号は「進んでもよい」? 否、進め、いざ!